『とびだせ!脳みそガールフレンド』

 

皆様、本日は弊社の新製品発表会にお越しくださり、誠にありがとうございます。

私どもアップルパイ社では、この度、新時代のスマートデバイスを開発いたしました。

その名も"DreaMe"(ドリーミイ)です。

 

スマートデバイスは、過去にはタブレット型や腕時計型、メガネ型など、携帯したり身に付けたりする端末が主流でした。

現在は技術革新が進み、人体に直接組み込むタイプ――いわゆる「ユニオンデバイス」が台頭しております。

皮膚の下に埋め込むものや、義手、義足、義眼などとして使えるもの。更には罹患した内臓や骨と置き換えるものなど、様々なユニオンデバイスがあります。

 

今回ご紹介する「ドリーミイ」は、ユニオンデバイス最大の目標とも言える臓器――すなわち脳へのアプローチに成功しました。

電子回路や各種部品をナノレベルまで極小化。それらを生体ジェルに溶け込ませます。そして頭蓋骨に微小の穴を開け、そこから脳髄液を適量吸い出すと共にジェルを注入するのです。

 

これにより、何かを調べたいと「思う」だけで脳内からインターネットに接続、即座に答えを知ることができます。

他には認知症や脳梗塞、或いは発達障害など様々な脳のリスクを抑え、また治療する効果もあります。

 

「ドリーミイ」はそれだけに留まりません。

視覚や聴覚など、五感を司る部位に働きかけることで、あなたが想像したものを、現実の感触をもって出現させるのです。

 

高級レストランのフルコースを、味覚刺激として脳に味わわせる。

自宅のリビングにクジラを出現させたり、妖精やドラゴンなどファンタジー世界の住人と話すこともできます。

かつてはVRなどの外部装置で「作って」いたリアリティを、まさに脳が見せる「現実」として楽しめるのです。

 

このように「ドリーミイ」は、情報・経済・医療・娯楽、他にも広汎な分野にわたって、社会を変革します。

人類の進化の歴史に、全く新しい革命が起こるのです。

あなたも「ドリーミイ」で脳を満たし、夢の時代への一歩を踏み出しましょう!

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

シャケの腹に詰まったイクラみたいにパンパンの満員電車に揺られること2時間。

生温い地下鉄のホームに降りた俺は、ヨレヨレの革靴を引きずって自宅の安アパートを目指した。

25歳独身、非正規、一人暮らし。疲れ切った背中は頭部の重みを支えることができず、だらりと丸まっている。

 

割と有名な大学を出て就いた仕事は、割に合うものではなかった。

レンタルサーバーを提供する会社で、俺はカスタマーサポートを担当している。

要するに謝るのが仕事だ。いや要しているのか疑問だが、実感として俺は一日中謝りまくっている。

 

ヘッドホン越しの声には多かれ少なかれ苛立ちが漏れていて、時には鼓膜を突き破る勢いで怒声が飛んでくる。

システムに障害が起こったときは特に凄まじい。絶え間なく着信音が流れ、さながらライブハウスだ。オペレーターは「大変申し訳ありません」の大合唱。俺もその楽団の一員だった。

今日も耳と自尊心を捧げて日銭を得たが、とにかく疲れた。早く帰りたい。

 

ようやくアパートに辿り着いた俺は、玄関の前で自分に言い聞かせた。

今までの俺は俺ではない。俺という存在のの上から、何者かの皮で梱包された工業製品だった。

さあ、その皮を脱ぎ捨てよう。この扉を開ければ本当の俺に戻れる。本当の俺を「あいつ」が迎えてくれる。

はやる気持ちを抑えて深呼吸。俺は穏やかな手つきでドアノブを回した。

 

「あ、ハル君おかえり~。お疲れさま」

笑顔で出迎えてくれた女性。名前は荒井さゆり、24歳。俺好みのほんわかした顔に、薄めの褐色肌。それとは対照的な白地の部屋着。ゆったりしたワンピースで、フード付きなのがポイント高し。

視界に入った瞬間、全身から疲労とストレスが新雪のように溶け落ちていくのを感じた。

 

この可愛い女性が俺の彼女。正確にはドリーミイによって脳内に作り出した、知覚情報の集合体だ。

「ただいま、さゆり」

俺は彼女の頬に触れる。触れることができる。柔らかく細やかな女性の肌の情報を、ドリーミイが感覚刺激として脳に与えているのだ。

 

俺に微笑みを向けるさゆり。彼女はいつでも笑っている。

「お腹すいたでしょ。晩ご飯にしよう」

「そうだな。何にするかな」

「ハル君は最近、ビタミンが不足気味だよ。これから暑くなるし、夏野菜のスパゲッティなんてどうかな?」

脳内に住むさゆりは、俺の状態を俺よりも正確に把握している。彼女がそう言うのなら、そうするべきだ。

というか、こんな俺好みの可愛い彼女に、腕を後ろに組んでちょっと小首を傾けながら、理想的な身長差によって必然的に生じるさり気ない上目遣いで「どうかな?」なんて聞かれたら、もうそれが答えだろう。

 

「分かった、それにする」

俺はリビングに行き、鞄を置いてネクタイを外す。ドカッとフローリングに座り込むと、さゆりがやって来た。

「今からだと、アマゾネスデリバリーが10分で届けてくれるよ。これにする?」

さゆりは――これも正確にはドリーミイがネットと繋がっているので、俺の希望に沿った最適解を教えてくれる。

「ああ、それにしよう」

了承すると、ピコンと音がして視覚野に映像が浮かんだ。スパゲッティの画像と共に「お買い上げありがとうございます」の文字、そして金額。俺の電子マネーから料金が引き落とされる。

あとはドローンが夕食を届けてくれるのを待つだけだ。

 

待っている間、俺たちはテレビを観ることにした。

リビングに置かれたディスプレイ。電源コードもリモコンも無い。

これはドリーミイと連動するディスプレイだ。ドリーミイが番組情報を検索し、脳に伝える。すると映像がディスプレイに収まるように映り、従来の据え置きテレビを観る感覚で楽しめる。

ただ映像が中空に浮かんでいるだけでは味気ない。現代のニーズにマッチした、痒いところに手が届く製品だな。

 

テレビではニュースが流れていた。来年から消費税が25%に引き上げられるようだ。

「やれやれ、また生活がきつくなるな」

「そうなの?」

俺がぼやくと、さゆりが素朴な視線を向けてきた。

「そりゃそうだよ。個人的にも苦しくなるし、日本全体でも消費が落ち込んで、今まで以上の不景気になるぞ」

「ふむふむ」

「政府は社会保障を維持するために必要とか言ってるけど、法人税はほとんど無いに等しいからな。関税が撤廃されて外国企業がどんどん入って国富が取られるし。移民が増えて、母国への仕送りってことで賃金が外国へ逃げるし。他にもカジノとか外資の大型リゾートとか米軍の新しい基地とか、そういうのにも全部、税金使って補助してるんだからな。無茶苦茶だよ」

 

俺は大学時代に培った知識と情報と思考を動員して、政府への批判を吐露する。

不意にさゆりが、フワッと俺を抱きしめた。

「ハル君には私がいるじゃない。難しい不満を言ったって、どうせ世の中は変わらないよ。ハル君は、私といるだけじゃあ満足できない?」

「さゆり……」

 

確かにさゆりの言う通りだ。国への不満はキリがないが、それでも健康で文化的な暮らしができている。ドリーミイが日常生活の全般をサポートしてくれるから、些細ことで頭を使う必要もない。失敗して時間と金を無駄にすることもない。

不満が無いどころか、とても快適に毎日を送れている。

 

そして何より、さゆりがいる。彼女は俺の全てを受け入れてくれる。俺を支えてくれる。政府を批判してはいるが、ドリーミイは保険適用されているのだ。

彼女自身が言うように、俺はさゆりさえいれば、それで人生が事足りた。

 

以前ネット記事で、日本政府がドリーミイ施術者の発言を傍受して、政権批判が多い個人をリストアップしているというものを見かけた。

その上で権力批判をやめさせるよう促すプログラムを、ドリーミイに埋め込んでいる。そのプログラムを日本政府に売りつけたのが、他ならぬアップルパイ社だというのだ。

 

なんか、安い筋書きの映画みたいだ。結局その記事もすぐに消えたから、よくある陰謀論に過ぎなかったのだろう。

ドリーミイは所有者の潜在的な願望を表現してくれる。さゆりが「私だけでいいじゃない」と言うのなら、それが俺の本当の気持ちなのだ。

「そうだな。俺はさゆりさえいればいい。それだけでいいんだ」

さゆりを抱き返す。確かな感触が脳に伝わる。

 

チャイムが鳴った。夕食が到着したのだ。

「早いな。さすがアマゾネスだ」

俺は玄関へ行き、褐色の逞しい女性のイラストが描かれたドローンからスパゲッティを受け取り、テーブルに置いた。

「いただきます」

野菜たっぷりのスパゲッティを食べる。美味い。さゆりがテーブルに頬杖を突いて俺を見つめる。可愛い。

 

幸せだ。俺は間違いなく幸せなのだ。さゆりがいれば、ドリーミイがあればそれでいい。

豪奢な暮らしや大量生産される愛の歌なんていらない。かけがえのない一人が傍にいてくれるだけで、俺は生きていけるのだ。

 

明日からも頑張ろう。俺は気持ちを新たにして一日を終えた。

今日も心地良い夢が見られそうだ。

 

(おしまい)