『2万光年の修学旅行(前編)』

 

 

西暦2144年、6月吉日。

この日、国際ジューダスプリースト女学園で、ワクワクドキドキの修学旅行が幕を開けた。

 

容姿・知性・体力・技術・家柄など、様々な天賦の才を有する女生徒が世界中から集まる本校。

初等部から大学部までの生徒総数は、ちょっとした行政区画を作れる規模だ。

 

その中でも特に優れた能力を持つ「選抜クラス」の生徒100人は、旅先も特別なものであった。

 

「いやー、マジでテンション上がるよね」

満面に喜色を湛えて快活な声を出すのは、高等部のテルコ・イチミヤ。

自身の上半身ほどもあり、なおかつはち切れそうなショルダーバッグを片手でブンブン振り回している。

 

彼女の横にもう一人、柔和な笑みを浮かべる生徒がいる。

瑞々しい褐色肌。黄金色の長髪がテルコの巻き起こす風に踊る。

「テッコ、ずっと楽しみにしていたものね」

「応よ! 何たって一生に一度かもしれない宇宙旅行だからね。未知なる冒険! アガるわ~。ティベリナはもう3回目だから、慣れたもんでしょ」

「そんなことはないわ。私もとても楽しみよ」

 

するとテルコが、ティベリナを肘でグリグリ突いた。

「なになに? ひょっとして私との旅だから楽しみってこと?」

「ええ、その通りよ」

「さすがガチのお嬢様。愛情表現に一片の迷いもねえ」

そんな他愛ない話をしながら、二人は宇宙船「ヘリオン号」に乗り込んだ。

 

ヘリオン号は亜光速航行機構を標準搭載した、最新型の宇宙船である。

量子コンピューターで制御されており、設定された目的地までの最も合理的かつ安全な航路を選択する。

加えて空間点跳躍、いわゆるワープ航法も可能。

現代におけるトップレベルの性能を備えつつ、船内は最大10万人の居住を可能にした、超大型船なのだ。

 

人類の英知と欲望が結集したヘリオン号に乗って、テルコたちは太陽系一周・7泊8日の旅に出る。

高等部から編入したテルコは人生初、そして生涯忘れ得ないであろう宇宙体験だった。

 

「みんな乗ったな。そんじゃあ行くぞ。ヘリオン号、発進!」

当然ながらテルコに船を動かす権限はない。

しかし丁度タイミングが合ったのか、ヘリオン号は大空の彼方を目指して飛び立った。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

――地球出発から6時間後

 

「テッコ、ほら見て。火星よ」

ティベリナが部屋の窓に指先を走らせると、赤い惑星がズームアップされた。

2段ベッドの上の方でヒップレイズをしていたテルコが、ぴょんと降りて覗き込む。

「おお、さすが早えなあ。もう着いちゃうのか。いやーマジで赤いねえ」

 

興奮気味のテルコとは対照的に、ティベリナは首を傾げた。

「あら? おかしいわ」

「どしたん?」

「航路がずれているの。それに航行速度も速すぎる。このままだと火星鑑賞なんてできずに通り過ぎてしまう」

 

ティベリナと同じ疑問を持った生徒は他にもいたようで、廊下が騒がしくなってきた。

二人も部屋から出て、ちょうど通りがかった生徒に聞いてみた。

 

「なあ、どうしたんだ?」

「船が予定コースから外れてるんだって。それで色々調べてたら、学校からのメッセージを見つけた子がいるっていうから、皆ブリッジに行ってるの。あなたたちも来たら?」

テルコとティベリナは、生徒たちの流れに乗るままブリッジへと向かった。

 

 

ヘリオン号の前方部分。宇宙強化ガラスを挟んで星々の海を一望できるブリッジに、100人の生徒全員が集まった。

 

操舵スタンドに一人の生徒が陣取り、電子パネルをあれこれ操作している。

すると中空に巨大な立体スクリーンが現れた。

 

青白い光に浮かび上がったのは、身なりの整った初老の女性。

ジューダスプリースト女学園の学園長である。

 

「園長センセー、どうなってんのさ。なんか行き先が違うみたいだよ」

テルコが大声で尋ねる。映像の学園長が口を開いた。

 

『我が学園の誇りを胸に宿す生徒諸君、ごきげんよう』

学園長が完璧なお辞儀をすると、つられて同じ動作をする生徒がちらほら。

 

『始めに断っておきます。これは皆さんが出発する前に収録した記録映像です。だからこの私に向かって質問されても、直接に答えることはできません。お分かりですねミス・イチミヤ』

直々に名指しされ、苦笑いするテルコ。全てお見通しである。

 

『この映像が発見されたということは、皆さんもこれがワクワクドキドキ、楽しいだけの修学旅行ではないと気付いたことでしょう』

そこで一拍間を開け、学園長は静かに息を吸って告げた。

 

『結論から言います。皆さんは二度と地球に帰れません』

 

あまりにも唐突な宣言に、ブリッジが静まり返る。

やがて小さなざわめきが起こり、その波が広がる。

動揺が混乱を生み、得体の知れない恐怖感が水位を上げる。

堪えきれなくなった生徒が大声で喚き始めた。

 

「落ち着きなさい。映像はまだ続いているわ」

凛とした声が響く。ティベリナの声は他人を圧倒する気迫はないが、不思議と胸に響くものがあった。

 

皆が再び学園長の方を向く。

『そろそろ静かになったでしょうか。それでは説明しましょう』

 

 

学園長は語った。

数年前から地球の「核」が異常な高温を発し、数ヶ月以内に破滅的な災害が起こることが予測された。

そこで各国政府は2つの対策を講じた。

 

1つは地球に留まり、破滅を防ぐため全力を尽くすこと。

そしてもう1つは、居住可能な惑星を目指して宇宙の大海原へ旅立つことだ。

 

ジューダスプリースト選抜クラスの100人は、後者のメンバーに選ばれた。

本人たちの意思とは無関係に。

 

『私からの説明は以上です。皆さんが本校の生徒として、恥じない生涯を送ることを願います』

学園長が再びお辞儀をすると、映像が終わった。

 

「じょおーだんじゃねえよぉ!!」

テルコが叫ぶ。

「なに勝手に私らの人生決めてんだ! おい戻ろう。地球に戻って婆さん詰めるぞ!」

 

「無理だね」

操舵スタンドの電子パネルをいじっていた茶髪の生徒が、淡々と告げた。

この船にはネガティブ方向に針路変更するコマンドが存在しない。進むことはできても、戻ることはできないね」

 

テルコが茶髪の近くに一足飛びで駆け寄る。

「ハッキング的なことして、プログラムを変えられないのか?」

数万分の1秒ごとに計算量を自乗倍していく量子コンピューター相手に? あたしを何千年働かせるつもりなんだろこの脳筋ちゃんは」

 

「マジかよ……」

へたり込むテルコ。ティベリナが後ろからパネルを覗いて尋ねた。

「じゃあそもそも、この船はどこに向かっているの? 目的地は分かるかしら」

「それは分かる」

茶髪がピコピコとパネルを操作すると、またモニターが現れて画像を映し出した。

画質が荒くて判然としないが、青っぽい星が映っている。

 

「惑星メタトロス。地球から約2万光年離れた場所にある、惑星環境が地球に酷似した星だね」

「え、2万? 20とか200ではなくて?」

「そう。2万光年。若さを燃やして光の速さで駆け抜ければ、ほんの2万年ほどで行ける距離ね。亜光速航行だと、約180万年だけど」

 

途方もない数字に沈黙する船内。テルコが呟いた。

「私らとっくに死んでるじゃん」

 

「そうとも限らないわよ」

ティベリナの言葉に、テルコだけでなく周囲の生徒たちも注目した。

「このヘリオン号はワープ航行ができるわ。それを駆使すれば、2万光年をショートカットできるでしょう」

 

茶髪がパネルに指を走らせる。

「航路上にある空間特異点を抽出して、それらの場所から空間点跳躍した場合の着地点を算出。その結果を踏まえて最短ルートをシミュレーションする」

 

エンターキーを押す。数秒の間があり、画面が切り替わった。

「結果が出たよ。亜光速航行と空間点跳躍を、稼働許容内で最大限使用した場合の、メタトロスまでの所要日数は……」

全生徒が息を呑み、次の言葉を聞いた。

 

「120万4664日。ざっくり3300年だね」

「やっぱ死んでるじゃん」

テルコが肩の力を落とした。ティベリナも両掌を上に向ける。

「お手上げね」

 

それからティベリナはブリッジを見渡し、全生徒に向かって話した。

「さて、これで私たちの取るべき道は一つとなりました。この船で生涯を過ごす。幸いという訳でもないけれど、ここはそれが可能だから」

ヘリオン号には温帯地域を模した自然環境の循環システムがある。農水畜産が可能で、半永久的に餓死する心配は無い。

 

テルコがティベリナの肩を掴んだ。

「そういう問題じゃないだろ。私らこれから一生、家族や好きな俳優も見れずに死んでいくってことだろ。私はまだやりたいこととか行きたい場所とか色々あったんだ。他の皆だってそうだろ。お前なんでそんな簡単に受け入れてんだよ」

「それなら何か方法があるの? 私だって地球に帰りたいから、ぜひ教えてほしいわ」

 

ギリリと歯を食いしばるテルコ。乱暴に肩から手を離した。

「じゃあ言わせてもらうけどね、ここで生きていくのも意味ねえよ。だって3300年だろ? 骨だけになって新天地に着いたってどうすんだよ。まさか100人分の冬眠装置でも用意してくれてんのか?」

 

テルコの投げやりな問いに茶髪が答えた。

「この船にあるコールドスリープ装置は、1個だね」

「1個って……逆に何であるんだよ」

床へうつ伏せになるテルコ。一方ティベリナは「うーん」と考えた。

「100人を3300年冷凍保存して、何もトラブルが起きないのは想定しづらいから。それでも多分、何かの選択肢として1個だけ用意したのでしょう」

 

テルコが顔を上げて、力ない目でティベリナを見上げる。

「じゃあやっぱり意味ないじゃん。私らは地球にも帰れず、新しい星にも行けず、彼氏も作れず、何もできないまま一生を終えるんだね」

 

彼女の弱音は、大方の生徒を代弁したものだった。

しかしティベリナは顎に人差し指を当て、なおも何か考えている。

 

「ねえ」

そして茶髪に話しかけた。

「あるかどうか分からないけれど、探してみてほしいものがあるの」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

――地球出発から8時間後

 

「ここね」

ヘリオン号の内部を自転車で突っ走ること1時間。テルコとティベリナは、とある部屋の前で足を止めた。

ティベリナが自転車から降りて、扉に手をかざす。すると扉が開いて、中から冷気が飛び出してきた。

 

中に入る二人。白い部屋だった。

白い壁。白い天井。それ以外には何もない。

 

広い。物が無いこともあるが、実際に広い。フットサルくらいなら余裕でできるだろう。

 

空っぽな部屋かと思ったが、壁をよく見ると、右手の一面だけ他と違う。

丸い線が幾つも幾つもあり、それぞれに取っ手が付いている。

ティベリナがその一つを躊躇なく引き出した。

 

「やっぱり、そういうことなのね」

横からテルコも覗き込む。

円形の引き出しには、細長い試験管がガトリング銃のように表面を取り巻いていた。

 

一つの引き出しに20本。それが100個以上ある。

この部屋は、2000本以上の「何か」を保管する部屋だった。

 

「これ、何が入ってるんだ? 中はよく見えないけど」

試験管を上下左右から見回すテルコに、ティベリナが答えた。

「命を作る装置。人工授精管よ」

その言葉にテルコも動きを止める。

 

人工授精自体はポピュラーな技術である。

ジューダスプリースト学園の生徒も、3分の2以上はこの方法で生まれている。

遺伝的に「優れた」両親から、選択的に命を与えられたのだ。

 

とはいえ、それがなぜ今ここにあるのか。

答えは明らかだった。

 

「つまり、私たちに産めって? 産んで増やして、3300年、歴史を繋げってこと?」

テルコの声には感情が漏れ出しているが、ティベリナは努めて冷静に返した。

「人類が2万光年先の星に到着するためには、有効な手段であることは間違いないわ」

 

「じょおーだんじゃねえっつーんだよぉ!!」

再びの咆哮である。

「誰がいる? 好きでもないどころか、人間ですらないガラスの棒相手にキャッキャウフフしたい奴が、どこにいるんだあ!」

 

「いやー、意外とそうでもないかもよ」

その言葉に、テルコは疑念の目を向ける。それに構わず、ティベリナは腕時計型のウェアラブル端末で話し始めた。

 

 

ティベリナの報告を聞いた生徒たちの反応は様々だった。

テルコと同じく怒りをあらわにする者もいたが、「このまま未来なく死んでいくよりはいいか」と、消極的ながらも受け入れる者が割と多かった。

中には「あのハリウッドスターの遺伝子なら欲しいわ~」と、呑気にはしゃぐ生徒もいる。

皆、口では色々なことを言いながらも、現実を認識し始めていた。

 

「そうだとしても」

テルコが疑問を口にした。

「私らの子孫がメタトロスに着くのは、3300年後だろ。その頃には惑星環境が変わってるかもしれないじゃん。せっかく到着しても住めませんでした、済みませんってことになるんじゃない?」

「その辺はコンピューターが計算して、予測を立てたのでしょう。あらゆる変化を想定した上で、居住可能だと判断されたのがメタトロス。地球でも氷河期に人間はいたのだから、まあ何とかなるんじゃないかな」

テルコは溜息を吐くのみだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

――地球出発から半年後

 

ヘリオン号は太陽系を遠く離れ、果てしない闇の輝きの中を進んでいた。

 

「ねえ見て」

ティベリナが部屋の窓に指を這わせて、テルコを呼んだ。

バイシクルクランチ(3セット目)をしていたテルコが起き上がり、窓ガラスに映し出された画像を見る。

 

それは赤い光だった。混じり気の無い、神々しいまでの光が、宇宙に一点の美となって輝いていた。

「何だこれ」

テルコの問いに、ティベリナが平静な口調で答えた。

「地球よ。地球が爆発した、その光」

テルコは一度ティベリナの横顔を見て、それからまた画像を見た。

「核の暴走を止められなかったのね」

 

二人は静かに終焉の光を眺める。やがてテルコが口を開いた。

「このヘリオン号って、最大10万人が乗れるんだろ」

「そうね」

「なのに、私ら100人しか乗ってない。他の9万9900人はどこにいたんだろうな」

「……」

「園長先生、私らに何を期待してるんだよ」

 

同じ光景を、他の生徒も見ていた。

もはや受け入れなければいけない。故郷は消滅した。

残された道は、やはり一つしかなかった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

――地球出発から1年半後

 

「今朝、生まれたって」

「おお、マジか」

テルコとティベリナは朝食を食べながら話した。納豆ご飯と味噌汁、焼き鮭、卵焼き、キュウリと白菜の漬物も添えてある。

 

去年、とある生徒が人工授精を行った。そして子供が生まれたのだ。

ヘリオン号の第2世代とも言うべき、最初の命だった。

 

「良かったね~。はあ」

言葉とは裏腹に落ち込むテルコ。ティベリナが尋ねた。

「どうしたの? 想像妊娠してマタニティブルーになっちゃった?」

「いや全然マジでそういうんじゃなくて。これでお祝いの雰囲気になって、他の生徒も人工授精するのが増えて、私みたいに未だに疑問をもつ奴はどんどん減ってくんだろうなーって思ってさ」

 

「そう言うけれど、テッコはとても頑張っているわよ。このお米だって、テッコがきちんと管理してくれなかったらこんなに美味しくならないし」

「まあ、それすらやらなかったら本当に文句言うだけの奴になっちゃうからね。仕方ないよ」

「そうね。最初の日に床へ寝そべったのを見たときは、うわーこの子ゴミだなーと思って踏んづけたくなったけど」

「おいやめろ、ちょっとゾクゾクしちゃうだろ」

 

そんな他愛ない話をしていると、ティベリナが不意に箸を置いた。

「テッコ、本心を聞かせて。あなたはどうしたいの?」

 

テルコは即答した。

「こうなった以上、メタトロスを見てみたい。本物の土を踏みたい。匂いを嗅ぎたい。

未来へ繋ぐだけの人生に意義を見出す人もいるだろうけど、私はそんな風に達観できない。

この目で、耳で、鼻で、全身で、メタトロスがどんなところなのか知りたいと思う」

 

ティベリナが微笑んだ。

「それなら、取るべき道は一つね」

 

(後半へ続く)