『2万光年の修学旅行(後編)』

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――地球出発から3300年後

 

ブリッジの中央に、スキンヘッドの男が立っていた。

周囲には主だった政府関係者が並んでいる。

何十台ものカメラが取り囲み、10万人余りの市民が男に注目していた。

 

「ヘリオン号統括艦長のハルフォードです」

男が重々しく挨拶した。

「皆さん、いよいよこの時が来ました。遥かな昔、3000年以上前から紡がれてきた、一つの約束。その果てに今、我々は辿り着きました」

 

艦長の後方にある宇宙強化ガラス。その向こうに青い星が見える。

「惑星メタトロス。我々の祖先が夢見た、新たなる故郷です」

そこで艦長は「溜め」を作り、息を吸い込んだ。

 

「我らが母艦、ヘリオン号には様々な歴史が刻まれています。協力、争い、発展、退廃、成功、失敗。その全ては、今この時のためにあったのです。

3時間後、ヘリオン号はメタトロスの大地に降り立ちます。人類の偉大なる一歩を共に踏み出しましょう!」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

演説を終えた艦長は、愛車の大型バイクで船内都市の中心部に向かった。

ビルが立ち並ぶ中、深緑の森に囲まれた空間がある。

 

艦長がバイクを下りて、森の玄関に向かう。

警備の者が敬礼して、手早く門を開けた。

 

森はドーナツのように周囲を取り巻いており、門をくぐった中央には簡素な宮殿がある。

サングラスを取る艦長。スキンヘッドを後ろに撫でつけて、気持ちだけでも髪形を整える。

 

宮殿の入口に立つと、すかさず扉が開いた。

豊かに歳を重ねた男性が出てきて、気品あるお辞儀をした。宮殿の主人を補佐する従者だ。

「ようこそ艦長。お入りください。陛下がお待ちです」

 

艦長は丁重に頷き、宮殿に入った。

 

 

歩くこと5分。二人のオッサンは執務室の前に来た。

普段、主が執務を行う部屋である。

その部屋を従者が素通りする。

 

「陛下は、こちらにおられないのですか」

艦長が、一歩前を行く従者に尋ねた。

「はい。陛下はこの先で我々を待っておられます」

 

更に歩くこと10分。

距離的にはそこまでかかるはずも無いのだが、途中でロックされた扉が何枚もあった。

それを一つひとつ、従者が何十桁もの数字を打ち込み解除して、ようやく辿り着いた。

 

薄暗い小さな部屋に、一人の女性が立っていた。

艶やかな褐色肌。煌びやかな金髪は天使が紡いだようである。

 

「こんにちは、艦長」

鈴のような声が艦長の鼓膜を鳴らし、スキンヘッドの内側に響いた。

誰に指導されたわけでもなく、艦長は最上級の敬意を込めて腰ごと頭を下げた。

 

「陛下。3300年の歴史を御身に背負われた、その崇高なるご使命が成就なさる時がやって来ました。いち臣民として、衷心よりお喜び申し上げます」

「ありがとう。あなたもご苦労さまでした」

女性は簡潔に労いを返すと、従者に目配せする。従者は一礼して去った。

 

「さて、時間もあまりありません。参りましょう」

女性が歩き出すと、艦長もそれに続いた。

 

 

小部屋を抜けると、白い空間に出た。

壁も天井も白い。そして広かった。

バスケットくらいは余裕でできる正方形の部屋だ。

 

部屋の中心に長方形の箱がある。

人ひとりが入れそうな大きさ。

実際、中に人が入っていた。

 

女性は静かに、しかし確かな足取りで箱の傍へ。

指の動きにも迷いは無かった。

素早く、かつ的確にパネルを操作し、コールドスリープ状態を解除する。

 

「我が王家に伝承され、受け継がれてきた約束があります」

起動した箱を見つめながら、女性が独り言のように話す。

 

「その約束を、ようやく果たせます」

ガラスの蓋が下へスライドし、立ち込める白い煙の中に少女の裸体が現れた。

 

女性が少女の上体を起こす。

艦長が銀色の保温ジャケットを手早く少女に被せた。

 

濡れたまつ毛を、ゆっくりと開く少女。

自分を抱える者と目が合った。

そして、自分が呼吸していることを確かめながら、口を動かした。

 

「……ティベリナ?」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

その後、艦長は着陸準備に入るためブリッジへ向かった。

目覚めた少女――テルコは服を着せられ、女性の書斎でココアを振舞われた。

 

向かい合ってソファに座る二人。

テルコは体の動きが回復するのを待ちながら、女性の話に耳を傾けた。

 

女性は、3000年以上続く王家の血を引く、当代の王である。

名前はイオレナという。

初代の王、ティベリナから継承されてきた約束があった。

いつか惑星メタトロスに到着したその日、船の奥深くで眠る友人を起こしてほしい、と。

 

テルコは何気なく聞いていたが、イオレナは相応の努力を要した。

何しろ3300年前の人物だ。

約束と共に口伝された古語を用いて、懸命に会話した。

 

その甲斐あって、テルコに余すところなく伝わったようだ。

「そうか。あいつ、律義に守ってくれたんだな。ありがとうイオレナ。君のご先祖様全員に心から感謝するよ」

「勿体ないお言葉です。もう一つ、テルコ様にお見せするよう伝えられてきたものがります」

 

イオレナは立ち上がると、机の一番下の引き出しに鍵を差し込んだ。

中には1台のノートパソコンが入っていた。

パソコンからはケーブルが伸びていた。長いケーブルは机の遥か下方へ伸び、ヘリオン号のメインコンピューターと有線で繋がっている。

 

イオレナがパソコンを立ち上げ、テキパキと操作した。

すると中空に四角い画面が現れ、そこに映像が流れ始めた。

 

映し出されたのは、テルコが3300年ぶりに見る友人の顔だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

『えっと……もう話せばいいのかしら。テッコ、おはよう。3300年、ぐっすり眠れた?
この映像は、あなたが目覚めたときに見てもらおうと思って、皆で作ることにしました』

 

ティベリナの周りに生徒たちが騒がしく集まる。茶髪や、他にもよく見知った顔ぶればかりだ。テルコにとって、それはつい先日の記憶であった。

 

『これから色々なことを話して、記録していきます。そして、眠っているあなたとも一緒に思い出を作っていけたらと思います』
『ティベリナ―、何かカタくない?』
『そう? 改まってこういうことをするのって、何となく気恥ずかしくて』
『おーいテルコ、いい夢見てる? あ、もう目え覚めてるか。3300歳のお婆ちゃんかーちょっと想像できんわ』

 

画面の中で、少女たちが無邪気に笑っていた。

 

映像が切り替わり、農地エリアと作業着姿のティベリナが映し出された。
『テッコが残してくれた農業の指南書、とっても役立ってるわよ。でも「微生物の声を聞け」っていうレベルにはまだ及ばないわね』
汗が人工太陽の光に反射して、笑顔が眩しく輝いた。

 

映像は続く。
食事をしながらのお喋り。
サッカー大会を催した様子。
実を結んだ野菜や米。魚釣り。
赤子たちが眠る保育室。
ハンモックで昼寝するティベリナ。
何やら厳かな儀式に臨むティベリナ。
その後、皆から祝福を受けるティベリナ。

そして病院のベッドに体を預けるティベリナ。


その腕には、モコモコの服を着た丸くて小さな物体が、しっかりと抱えられていた。
『見てテッコ。この子は私の娘よ。かわいいでしょう。
船内の統治機構も大分整ってきて、この子には将来、大変な仕事が待っていると思う。
私、親としてもリーダーとしても頑張るから。どうかテッコ、見守っていてね』

 

 

また映像が替わる。今度はティベリナ一人で、それなりの年月を経ていた。
瑞々しく咲き誇った美は静けさを覚え、内側に湛えた思考の水脈が滲み出るような、深みのある面差しを作りつつあった。
しかしその表情は憂いをまとい、肩は疲労と苦悩で重力に負けている。

 

『はあいテッコ、いい夢見てる? こっちは今ちょっと、色々と揉めているわ。
人が増えれば諍いが起きるのは避けられないのね。私を支えてくれる人たちもいるけれど、正直くじけそうだわ。
こんなこと、あなたにしか言えないけれど。
こういう時、テッコならどうするだろう。そんなことばかり考えるわ。
テッコ、あなたに会いたい。本当にもう、会って話すことはできないの?
ねえテッコ、どんな夢を見ているの? あなたに会いたいわ』

 

それからティベリナは背筋を伸ばし、大きく深呼吸した。
『はい、弱音は終わり。私、諦めないわ。約束したからね。あなたをメタトロスまで連れていくって。だから何があっても諦めない』 

 

次の映像では、随分と時間が流れていた。
一人のお婆ちゃんが、籐を編んだ椅子に腰かけている。
重ねた年輪が皺となって刻まれ、悠久の重みを感じさせる顔つきであった。
それでも瞳は変わらず輝いていて、すぐにティベリナだと分かった。

 

『久し振りね、テッコ。あれから色々なことがあったわ。
多分、これが最後のビデオレターになると思う』

 

息を深く吸うティベリナ。ただ話すことにも一定の労力がいるようだ。

 

『本当に、色々なことが起きた人生だった。嬉しいことも、悲しいこともあったわ。
それを全部ひっくるめて、私が一番伝えたいことを話します』

 

肩を一度上下させ、姿勢を直す。

 

『こうしてあなたに話すとき、私はいつも、あなたの弾けるような笑顔を思い出す。あなたが駆け抜けた後に吹く風の爽快さを感じる。
それから初めて出会ったときを思い出すわ。あなたは自然に、本当に自然な態度で私に話しかけてくれたわね。とても嬉しかったのよ』

 

『あなたと過ごした日々が、私の人生でとても大切な時間だった。
こうして話していると、今も思い出すわ。
私は、私の中で変わらず微笑む少女と出会うために、あなたと話しているのかもしれない。
そう思うようになったわ』

 

『テッコ。あなたがいたから、私は大切なものを見失わずに済んだ。
私の人生は幸福だったわ』

 

『ありがとう、と言いたいところだけれど、実はあなたに少し嫉妬しているの。
あと3200年とちょっとしたら、あなたは惑星メタトロスに降り立つのでしょう。
ねえ、メタトロスはどんな色をしているの? 風の温度は? 土はどんな匂い?
私も見たかった。テッコと一緒に本物の大地を踏みしめたかった』

 

『だからテッコ、私たちの分まで見てきて。見て、聞いて、触れて、感じて。
あなたの中にいる私たちを連れて行って』

 

『テッコ。あなたはいつも、今も、私の心に輝く一番星です』

 

そして全ての映像が終わった。

気が付けばヘリオン号はメタトロスの大気圏を突破し、無事に上陸していた。

 

誰かが扉をノックした。
「陛下、ご準備をお願い致します」
侍従の声。イオレナが立ち上がると、テルコが呟いた。

 

「私は何を得て、何を失ったんだろうな」
先祖の御友人が苦悩している。
そのことに奇妙な感動を覚えたイオレナは、何か言葉を返そうとした。
それより早くテルコは立ち上がり、勢いよく扉を開けた。

 

外にいた侍従が驚く。
構わずテルコは駆け出した。

 

「テルコ様、お体に障りますよ!」
イオレナも廊下に出て、テルコの背中に呼び掛ける。
「もう大丈夫ー! ありがとなイオレナ、いいもの見せてもらった!」
テルコは止まらず手を振り、風のように消えていった。

 

ヘリオン号の最高権威者を呼び捨てにされ、侍従は唖然とする。
一方イオレナはくすくすと、気品を保ちながらも少女のように笑った。
「ご先祖様も、こんな気持ちだったのかしら」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

地上には、宇宙服を着た先遣隊が既に降り立っていた。
大気の成分や状態、地質、危険生物の有無などを調べる。
調査が終わるまで住民は船内で待機する。

 

艦長はブリッジで調査の様子を監督。
そこへイレギュラーな事態が発生した。

 

「おい、あいつ誰だ?」
「艦長、住人が一名、警備を振り切ってタラップへ向かっています。IDは……え? 該当なし? あり得ないだろ。いや、ですが、とにかく所属不明の人間です」
俄かに騒ぎ出すブリッジ。監視カメラの映像を見て、艦長が告げた。
「彼女はいい。自由にさせろ。警備や外の者にもそう伝えておけ」

 

テルコは走った。
走って、走って、制止する人間も置き去りにして、外へと走った。
匂いがする。大地の匂い。
導かれるままに走った。

 

タラップを5段飛ばしで駆け降りる。
上手く着地できず、でんぐり返って転んだ。
すぐに起き上がる。
土まみれの体を厭わず、調査員たちの奇異の目も気にせず、テルコはがっしりと地面を踏みしめた。

 

腕を広げる。息を吸う。風が肌を撫でる。
テルコは右手を握り締めて、拳を胸に当てた。

 

「ここからだ。ここから始まる。見ててくれティベリナ」

 

そして少女は、未踏の果てに向かって走り出した。

 

(おしまい)